とある昼下がり。暖かい陽射しと時折吹く心地良い風は、
柔らかく私を包み、まどろみの中に誘っていく。
この暑いとも寒いとも言わない気温、誰もが気温について口にしない、そんな普通の状態。
この季節は何もかもが穏やかで好きだ。気候も、風も、人でさえも、季節は人を変える。
いや、これは時間が変えているというべきか。
まぁ、どちらでも良い。この時間を楽しむのに不要な思考は無粋というものだし。
私はいつものようにギルド「ユグドラシル」の受付の席に座り業務をこなしていた。
とはいえ、今日は書類業務もないのでただ座って依頼者を待つだけの楽な仕事ではあるけど。
普段暇な受付の仕事も、この季節だけは別物だ。
何だか気持ちがウキウキしてくるし、仕事が終わったあとのご飯も美味しい。もちろんお酒も。
今日は火曜日、長年の統計からするとこの曜日はお客が少ないラッキーチューズデーである。
や、私が楽とかそういう不遜なことを考えてるわけではなく、
ギルドにお客が少ないということはそれだけ問題が起こっていないということで。
平和ってことはいいものなのですよ。まる。
さてさて、そんな平和な今日の晩御飯は何にしようかなっと。
「……秋刀魚とか?」
「お、それ良いわね。……って、ミルミア。何で私の考えてることわかるのよぅ」
気付けば同僚のミルミアがいつもの顔をこっちに向けて微笑んでいる、
ように見えるのは私の好意的解釈なのだろうか。
「リアが幸せそうな顔をしているときって、大抵食べもののこと考えてるときだし」
「何よぅ、食べ物以外のことで幸せそうな顔をすることだってあるわよ」
図星だったわけだけど、認めるのも癪だったので言い返す。
「例えば?」首を傾げながら言うミルミア。
何か仕草は可愛らしいな、こいつ。
「えーっと、んー、あー、あれよ、あれ」
「どれ?」
「……こ、恋人とかっ」
「……へぇ?」
「へぇ、ってね。貴女信じてないでしょ。蟻ほども」
「いや、一応バッタくらいには信じてるけど」
口元を斜めに上げるミルミア。……こいつ、いつか殴る。
「微妙過ぎるっての。……そういうミルミアはどうなのよ。
何だかんだ言って、私はまだその辺に関しては一度も聞いたことないんですけどぅ?」
うりうりと人差し指で肩の辺りを突き回しながら尋ねてみる。
「……私はいい」
視線を逸らしながら答える。……はて。
「要らないってこと?駄目よ、そんな干物みたいなこと言っちゃ。置いて行かれちゃうよ?」
「誰に?」
「私とかどう?」
「……良かった、少なくともそれならあと5年は大丈夫」
鼻で笑いやがった。いつものではあるのだが、腹が立つのもいつものことだ。が。
今日は何故か、私の中で何かが切れた。
「だーっ!何でミルミアはいっつもいっつもそうなのよぅ!
ニヒルでクールであんたはどこかのヒューマノイド気取りかっ。
メガネ掛けてるだけで男がふらふら寄ってくるようなそんなお得キャラでもやってるってのかっ。
大体ね、私みたいな元気系のキャラってのは普通みんなに愛されるってのが定番なのよっ!
それだっていうのに、何故か世の、ギルドの男連中は何故かミルミアの方に惹かれてっ。
この前だって何故か私に手紙渡されて『これミルミアさんにお願いします』とかって!
腹立ったから渡さないで私がずっと持ってるけどっ。男ってのは外見に騙されすぎなのよっ。
ちょっと可愛くて大人しそうだったらすぐコロりと落ちやがってっ!
話してて楽しいタイプってのが結果的には長続きするんだよ。
偉い人はその辺りまったくわかってないんだよっ!うぅぅーっ。ミルミアのバカぁーっ!」
泣きながら走り去る私。こうなると仕事なんてどうしようもない。
どうせあと30分で上がりだったからミルミアに任せてしまおうと、
半ば投げやりになりながら自分の部屋に逃げ帰った。 →次へ